出典:フリー百科事典「ウィキペディア」より引用
ゲージ理論 その2(終わり)
・非可換ゲージ理論
1954年に楊振寧とミルズは核子の強い相互作用を説明するモデルを提唱した。彼らは、電磁相互作用のU(1)対称性の理論を一般化して、陽子と中性子のアイソスピンSU(2)対称性に基づいた理論を構築した。このモデル自体は実験と整合しなかったが非可換対称性に基づくヤン=ミルズ理論として多くの理論の原型となった。
このアイデアは後に、弱い相互作用と電磁相互作用を統一する電弱相互作用への応用が見いだされた。さらに、非可換ゲージ理論は漸近的自由性を呼ばれる特徴を再現できることが判明したことで、ゲージ理論はより魅力的なものとなった。漸近的自由性は強い相互作用の重要な特徴であると見なされていた。これにより、強い相互作用のゲージ理論を探求しようという動機が生まれた。この理論は量子色力学と呼ばれ、クォークのカラーSU(3)対称性に基づくゲージ理論である。ゲージ理論は、量子電磁力学 (QED) 、量子色力学 (QCD) およびワインバーグ=サラム理論の基礎をなしている。さらに、電磁相互作用、弱い相互作用および強い相互作用を統一する標準模型はゲージ理論の言葉で記述されている。
・統一理論におけるゲージ理論
物理におけるゲージ理論の重要性は、電磁相互作用、弱い相互作用および強い相互作用の場の量子論を記述する統一的枠組みを与える数学的定式化の多大な成功に基づいている。この理論は標準模型として知られ、自然の四つの基本相互作用のうち三つに関する実験的予測を精密に記述し、ゲージ群SU(3) × SU(2) × U(1)を持つゲージ理論である。弦理論や一般相対論のカルタン形式のような現代的な理論はなんらかの形のゲージ理論である。
・数学におけるゲージ理論
1970年代になって、マイケル・アティヤは古典的ヤン=ミルズ方程式の数学的解決法の研究を始めた。1983年、アティヤの学生サイモン・ドナルドソンは滑らかな4次元多様体は微分可能な分類は、位相同型の違いを除いて彼らの分類とは異なっていることを示す方向でこの研究を進めた。マイケル・フリードマンはドナルドソンの研究成果を用いて、エキゾチックR4、すなわち4次元ユークリッド空間上のエキゾチックな微分構造を提示した。これは、ゲージ理論自身が持つ、基礎物理における成功とは独立した、数学的構造に対する関心を呼び起こした。1994年、エドワード・ウィッテンおよびネーサン・サイバーグは、超対称性に基づいたゲージ理論的テクニックを発見した。これはあるトポロジー的不変性を計算することができる。これら、ゲージ理論からの数学への貢献は、この分野の新たな関心として注目されている。
ゲージ理論および場の量子論の歴史に関するより詳細な資料はPickeringの書籍を参照のこと。
・ゲージ場
-大域的対称性
電子の場の理論を考えよう。どちらが実軸でどちらが虚軸であるかをとりかえることは、絶対値が1の複素数をかけて位相をかえることに相当する。この絶対値1の複素数をかける操作は U(1) を為し、これをU(1)変換という。電子だけの理論をみてみると、時空によらない絶対値1の複素数を場にかけても理論は変化しない。すなわち理論は U(1) 対称性を持つ。このように、時空の全ての点で一斉に同じだけ場を変換することを大域的変換、変換に対して理論が不変であることを、理論が大域的対称性を持つという。
-ゲージ対称性
しかし、時空に依存する絶対値1の複素数をかけてみると、時空に対する微分があるせいでそのままでは理論は不変でない。そこで、その不変でない部分を相殺するような場を導入する。この場をゲージ場と呼ぶ。ゲージ場は、微小に離れた2点での物差し、ゲージを比較できるようにする働きがあり、それによって理論が不変になる。このように、時空上の各点ごとに異なる変換を行うことを局所的ゲージ変換、または単にゲージ変換と呼び、理論がゲージ変換で不変であることを、理論はゲージ対称性を持つという。また、局所的ゲージ変換のなす群をゲージ群と呼ぶ。この U(1) ゲージ場を詳しく調べると、電磁場と同一視できることがわかる。電磁場をゲージ場に持つゲージ群 U(1) を特に U(1)EM (electromagneticの意)と書くこともある。電磁場とは関係の無い U(1) ゲージ群も存在するためである。
クォークの場はカラーと呼ばれる3つの成分を持ち、3×3行列を掛けることに対して大域的に不変である。これはSU(3)変換(SU(3)c,colorの意)と呼ばれる。これを局所的にゲージ不変にすることに伴うゲージ場がグルーオンであり、強い相互作用を記述する。このゲージ理論が量子色力学で、非可換ゲージ理論の典型例である。非可換ゲージ理論は初め楊振寧とロバート・ミルズにより強い相互作用の理論として提唱されたが、そのときの形式は現代の量子色力学とはやや異なる。
また、中性子のベータ崩壊などに関わる弱い相互作用も、2×2行列を掛けるSU(2)変換に伴うゲージ理論を含み、電磁場のゲージ理論と統合されるゲージ理論であることが知られている。歴史的にはトフーフトが非可換ゲージ理論(例えば、電磁相互作用と弱い相互作用の統合)が繰り込み可能であることを示し、ゲージ理論の重要性が認識された。
「平坦な時空の計量を変えずに時空の座標軸の向きを変えても式の形が変らない」とするのが特殊相対性原理で、「各点で任意に時空の座標軸の向きを換えても式の形が変らない」とするのが一般相対性原理である。一般相対性原理を要求するとゲージ場が必要となり、それが重力場であると初めて指摘したのが内山龍雄である。
自然界の4つの基本相互作用はすべてゲージ理論で記述され、ゲージ原理として素粒子物理の基礎となっている。
・ゲージ粒子
場の量子論では、量子化された場の励起として粒子を記述している。ゲージ場を量子化して得られる粒子をゲージ粒子という。その相互作用がゲージ理論で記述されている素粒子間において、(仮想粒子として)ゲージ粒子が交換されることにより力が生じる。
・数学との関連
ヤンとミルズが強い力のゲージ理論を見つけたころ、数学でもほぼ同時にファイバー束の理論が整備された。これはゲージ場の理論と数学的に等価であることが徐々に認識され、その後の数学と物理の交流の元となった。