出典:フリー百科事典「ウィキペディア」より引用
ゲージ理論 その1
ゲージ理論(gauge theory)とは、連続的な局所変換の下でラグランジアンが不変となるような系を扱う場の理論である。ゲージ対称性とも言う。
・概要
ゲージという用語は、ラグランジアンの余分な自由度を表している。この自由度を変換する操作をゲージ変換と呼ばれる。ゲージ変換はリー群を為し、ゲージ変換の為すリー群は理論の対称性あるいはゲージ群と呼ばれる。リー群には生成子のリー代数が付随する。それぞれの生成子に対応してゲージ場と呼ばれるベクトル場が導入され、これにより局所変換の下での不変性(ゲージ不変性)が保証される。ゲージ場を量子化して得られる粒子はゲージ粒子と呼ばれる。非可換なゲージ群の下でのゲージ理論は非可換ゲージ理論と呼ばれ、ヤン=ミルズ理論が代表的である。
物理学における有用な理論の多くは、幾つかの変換の下で不変なラグランジアンによって記述される。時空の全ての点において一斉に行われる大局的変換の下で不変であるとき、理論は大局的対称性を持つと言う。局所変換の下での不変性(ゲージ対称性)はより強い制約を要求する。実際、大局的変換とは、変換のパラメータが時空内で一定の局所変換である。
ゲージ理論は素粒子を記述する場の理論として成功している。量子電磁力学はU(1)対称性に基づく可換ゲージ理論であり、ゲージ場としては電磁場が対応し、これを量子化すると光子が得られる。標準模型はSU(3)×SU(2)×U(1)対称性に基づく非可換ゲージ理論であり、光子、3つのウィークボソンおよび8つのグルーオンの合計12のゲージ粒子を持つ。
ゲージ理論は重力を記述する一般相対性理論においても重要な役割を持つ。一般相対論の場合は、ゲージ場がテンソル場である。量子重力理論において、このゲージ場を量子化した重力子が存在すると考えられている。ゲージ不変性は、一般相対性原理の主張する、任意の座標変換の下での不変性と類似するものと見なすことができる。両方の不変性はともに系の自由度の冗長性を反映している。
場の量子論の文脈において、いくつかの現実的な仮定を置くと、散乱行列が満たすことができる連続的な対称性はポアンカレ対称性と内部対称性だけになる事が示されている(Coleman-Mandula theorem)。また実験的にも、現実の物理がゲージ対称性を持つと仮定するとうまく説明できる結果が、主として20世紀の間に数多く発見された。これらのことからゲージ不変性の要請は現代物理学における基本原理の1つとされており、ゲージ原理と呼ばれることもある。
歴史的には、これらの概念は初めは古典電磁気学で、そして後に一般相対性理論において考えられていた。しかしながら、以下に詳しく述べるように、ゲージ対称性の現代的な重要性は電子の相対論的量子力学である量子電磁力学において最初に現れた。今日、ゲージ理論は物性物理学、原子核物理学或いは高エネルギー物理学の関わる分野で非常に有用である。
・歴史
ゲージ変換の自由度を持った最初の理論は電磁気学における、1864年のマクスウェルによる電磁場の公式であるが、この概念の重要性は気付かれないままであった。
1915年にアインシュタインにより発表された、重力を時空の幾何学的性質として記述する一般相対性理論が成功を収めると、電磁気学も同様に、時空の幾何学的性質として表現しようという試みが盛んになった。その最初が1918年にワイルが発表したゲージ理論である。ワイルは一般相対性理論における二点間の距離を変えない座標変換(等長変換)の自由度を拡張し、スケール変換の下での不変性もまた時空の局所対称性であるとし、各点で「物差し」("ゲージ")を変えても理論が変わらないことを要請して電磁気学の導出を試みたが幾つかの理論的な欠陥により失敗した。
量子力学が提唱された後、ワイルによる当初のゲージ理論は修正され、スケール変換を波動関数の複素数の位相変換に置き換えられた。これがいわゆるU(1)ゲージ理論である。これは荷電粒子の波動関数に対する量子力学的な電磁力学を説明し、成功した最初のゲージ理論であると広く認識されている。長さを位相に置き換えたことで、ゲージ理論の有効性を証明したが、(外部)時空の幾何学的性質は失われ、ゲージ対称性は内部空間における対称性となった。 1940年代になって、パウリによってこの理論は一般に広められた。