出典:フリー百科事典「ウィキペディア」より引用
不確定性原理
不確定性原理(独:Unschärferelation 英: Uncertainty principle)とは、ある2つの物理量の組み合わせにおいては、測定値にばらつきを持たせずに2つの物理量を測定することはできない、という理論のことである。具体的には、以下のようなバリエーションがある。
ある物理量A、Bに対しては、Aの測定値の標準偏差とBの測定値の標準偏差との両方を0にするような量子状態は存在しない、という主張。
ある物理量A、Bに対して、Aの値の測定誤差と、物理量Aの測定プロセスが生ずるBの測定値への擾乱との両方を0にすることはできない、という主張(ハイゼンベルクの不確定性原理)。
ある物理量と、量子状態を指定するパラメータとの間の不確定性関係(時間-エネルギーや位相-個数の不確定性関係など)。
かつては、量子力学の基礎原理の1つとされていたが、量子力学の基礎が整備された現在は、他のより基礎的な原理から導かれる「定理」となっている
・測定精度と測定の反作用
例として、ハイゼンベルクが行った思考実験、つまり量子力学で記述される粒子の位置と運動量について考えることにする。位置をより正確に観測するためには、より正確に「見る」必要がある。極微の世界でより正確に見るためには、波長の短い光が必要である。波長の短い光はエネルギーが大きいので観測対象へ与える影響が大きくなるため、観測対象の運動量へ影響を与えてしまう。結局、この粒子の位置を正確に測ろうとするほど対象の運動量が正確に測れなくなり、運動量を正確に測ろうとすれば逆に位置があいまいになってしまい、両者の値を同時に完全に正確に測る事は絶対に出来ないのである。
ただし、この種の議論は前述の証明とは異なる種類のものであることには注意されたい。前述の証明は、時間発展や測定についての基本要請を使わなくても交換関係からそのまま導けるもの、つまり量子状態そのものが持っている不確定性であり、測定器の誤差と測定による反作用との不確定性とは区別して考えなければならない。量子論での時間発展や測定についての基本的要請をすべてを使って展開できる量子測定理論を用いて、ハイゼンベルクの考察した「測定精度と反作用に関する不確定性原理」ははじめて導けるが、その結果得られる不等式の下限はケースバイケースで変わることが判っている。小澤の不等式などがその1つである。
・不確定性原理をめぐる議論
不確定性原理は1927年にハイゼンベルクによって提唱された。量子力学の基礎原理の一つとされ、その発展に大いに寄与した。ただし、量子力学の基礎が整備された現在は、他のより基礎的な原理から導かれる「定理」となっている(「意見」や「仮説」ではない)。
粒子の運動量と位置を同時に正確には測ることができないという事実に対し、それは“元々決まっていないからだ”と考えるのが、ボーアなどが提唱したコペンハーゲン解釈であるが、アルベルト・アインシュタインは、“決まってはいるが人間にはわからないだけ”と考えた。この考え方は「隠れた変数理論」と呼ばれている。なお、1926年12月にアインシュタインからマックス・ボルンに送られた手紙の中で、彼は反論に「神はサイコロを振らない(独: Der Alte würfelt nicht. 直訳:神は賽を投げない)」という言葉を用いて表している。
この他にも不確定性原理の解釈には多数の解釈がある。これを観測問題という。どの解釈が正しいのかは現在はっきりしていない。ただし、ベルの定理により現在アインシュタインの考えを支持する人はごく僅かである。
不確定性原理が顕在化する現象の例としては、原子(格子)の零点振動(このためヘリウムは、常圧下では絶対零度まで冷却しても固化しない)、その他量子的なゆらぎ(例:遍歴電子系におけるスピン揺らぎ)などが挙げられる。
・小澤の不等式
小澤正直は、(当初のハイゼンベルクの思考実験では混同されており、ボーアが指摘している)測定限界や測定することによる対象の擾乱や測定誤差と、量子自体の性質(不確定性原理)による量子ゆらぎを厳密に区別した式を提案した。式の形は、ハイゼンベルクの式に補正項を付け加えた形になる。さらに、その式に従えば(従来のハイゼンベルクの式に従って信じられていた)「不確定性原理による測定の限界」を超えて、量子に対する精度の良い測定が可能であると、2003年1月に発表した。
小澤の不等式:ε(Q)η(P)+ε(Q)σ(P)+σ(Q)η(P)≧h/4π
ε(Q)は位置の不確定性、η(P)は運動量の不確定性、
σ(P)は運動量の量子ゆらぎ、σ(Q)は位置の量子ゆらぎ
ε(Q)η(P)は測定の不確定性(認識論的)
ε(Q)σ(P)+σ(Q)η(P)は量子ゆらぎ(存在論的)
(ハイゼンベルクの不確定性原理は ε(Q)η(P)≧h/4π)
(hはプランク定数、πは円周率)
これを実証する実験結果が、2012年1月15日のNaturePhysicsに掲載された。ウィーン工科大の長谷川祐司准教授らの実験で確認されたという。実験では原子炉から出る中性子のスピン角度を2台の装置によってはかり、不確定性原理の限界を超えて精度よく測ることに成功したという。
これが確認されれば、1.より精度の高いナノテクによる新材料・新技術・新発見、2.量子コンピュータの実現、3.量子暗号技術の高度化(または破綻)につながると期待されている。またもともと小澤の理論は、干渉計によって重力波が発見できるという理論的根拠になっているため、重力波の研究にはずみがつくとされる。
また実験結果によると、不確定性原理より精度よく測れる場合を示したが、決定論的に精密に測れた訳ではなく、さらなる追試と検証が待たれる。小澤は2つの考えを「測定」の時点を変えることによって解決している。
・不確定性という和訳
このUncertainty principleの和訳は、不確実性原理となるべきとも考えられる。物理学において不確定性という和訳に定着した経緯について事情は不明(未調査)。