出典:フリー百科事典「ウィキペディア」より引用
インフレーション宇宙(宇宙のインフレーション) その3
・ゆっくり転がるインフレーション
佐藤とグースの論文が発表された翌1982年、アンドレイ・リンデ、およびアンドレアス・アルブレヒトとポール・スタインハートのグループはそれぞれ独立に、新しいインフレーション (new inflation) またはゆっくり転がるインフレーション (slow-roll inflation) と呼ばれるモデルを提唱した。これによって泡の衝突問題は解決されることになる。古いインフレーションでは、インフレーションの元となるスカラー場があるポテンシャルの極小値に停留した状態からトンネル効果でポテンシャル障壁を越えて転がり落ちる過程としてインフレーションがモデル化されるが、新しいインフレーションモデルでは、古いインフレーションに比べてポテンシャルの形が極小を持たないほぼ平坦な形状になっており、このポテンシャルの上をスカラー場がゆっくりと転がり落ちるとされている。このモデルでは宇宙の膨張は近似的にド・ジッター宇宙になるだけで、ハッブル・パラメータは実際には減少する、すなわち膨張は減速する。古いインフレーションのド・ジッター宇宙では偽の真空の中に生まれるゆらぎのスペクトルは厳密にスケール不変になるが、新しいインフレーションでは近似的にスケール不変になるだけである。このことはすなわち、インフレーション中のポテンシャルに関する情報を、宇宙マイクロ波背景放射のゆらぎのスペクトル指数を測定することで原理的に引き出せることを意味している。ゆっくり転がるインフレーションでは、インフラトンのポテンシャルがほぼ平坦な領域の終端まで達するとインフレーションは終わり、ここからポテンシャルの傾きは(エネルギー密度に対して)増加して、転がり落ちる速度も増加する。これがこのシナリオでの再加熱過程で、ポテンシャルのエネルギー密度の値に応じてインフラトンとの相互作用によって火の玉宇宙の輻射や粒子が生成される。
このモデルでは、偽の真空状態のトンネルを抜け出る代わりに、インフレーションはスカラー場によってポテンシャルエネルギーの丘を転がり落ちて発生する。宇宙の膨張に比べて場が非常にゆっくり転がるとき(平坦なとき)、インフレーションが起こる。しかしながら、丘がより急になるとインフレーションが終わり再加熱が起こる。最終的に、新しいインフレーションは完全に対称的な宇宙は作り出さないが、インフラトン内に僅かな量子ゆらぎが生成されることが示された。これらの僅かなゆらぎは、後の宇宙において生成されるすべての構造にとっての根源的な種を形成する。これらのゆらぎは初めにソ連のViatcheslav MukhanovおよびG. V. ChibisovによってStarobinskyの類似モデルを解析する中で計算された。インフレーションの文脈では、1982年にケンブリッジ大学における最初期の宇宙についての三週間のNuffieldワークショップで、それらはMukhanovおよびChibisovの仕事によって独立に解かれた。そのゆらぎは個別に解析を行った四つのグループによってワークショップの期間中に計算された。スティーヴン・ホーキング、Starobinsky、グースおよびSo-Young Pi、およびJames M. Bardeen、Paul SteinhardtおよびMichael Turneのグループである。
新しいインフレーションは一般に永遠に続く。スカラー場は古典的にはポテンシャルを転がり落ちるだけだが、量子ゆらぎによって時にはポテンシャルの高い位置に再び戻される場合もある。これらの領域はインフラトンのポテンシャルエネルギーが低い領域に比べて非常に速く膨張する。したがって、いくつかの領域ではインフレーションが終わっても、インフレーションが続いている領域は指数関数的に成長するため、インフレーションが起きている領域の方が常に宇宙の大部分を占めることになる。このような、ある領域でインフレーションが終わっても量子力学的ゆらぎのために宇宙の大部分でインフレーションが持続するという定常状態は永久インフレーション (eternal inflation) またはカオス的インフレーション (chaotic inflation) と呼ばれ、アンドレイ・リンデによって最初に提唱された。永久インフレーションが過去においても永遠かどうか、すなわち宇宙は無限の過去から続いているのかどうかについては疑わしいとする意見が多いが、異論もあ。そのため、このモデルが宇宙の初期条件の問題を解決できるかどうかは未解決である。無限の過去から続く永久インフレーションというモデルは、主流派宇宙論における定常宇宙論であると見ることもできる。なぜならこのモデルは完全宇宙原理を満たすからである。
新しいインフレーションの拡張として、ハイブリッド・インフレーション (hybrid inflation) と呼ばれる別のインフレーションモデルもある。このモデルでは新たなスカラー場を導入し、ある1つのスカラー場が通常のゆっくり転がるインフレーションに対応し、別の場がインフレーションの終了を引き起こす。すなわち、インフレーションが十分長く続くと、第二の場が非常に低いエネルギー状態に落ち込む確率が増え、これによってインフレーションが終わるというものである。