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Channel: アンディマンのコスモロジー (宇宙論)
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天体宇宙物理学への扉を開く

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出典:フリー百科事典「ウィキペディア」より引用
宇宙論 その3
・関連項目
ソクラテス以前の哲学者
ソクラテス以前の哲学者は、ソクラテス以前の初期ギリシア(紀元前6世紀から前4世紀)の哲学者のことである。しばしば独語を用いてフォアゾクラティカーVorsokratiker ともいう。
代表的人物
タレス
アナクシマンドロス
ピタゴラス
ヘラクレイトス
パルメニデス、クセノパネス、そしてその他エレア派の哲学者たち
レウキッポスとデモクリトス(原子論者)
プロタゴラスとソフィスト
ソフィストはソクラテスと同時代人であるが慣例としてソクラテス以前の哲学者に含める。
活動期と地域
活動期は紀元前7世紀末から前5世紀までおよそ2世紀に渡り、場所はイオニアからマグナ・グレキア(大ギリシャ)に及ぶ。
バルカン半島の南端ヘラスの地に南下してきたドーリス族によって、この地に先住していたアカイア族が押し出され、エーゲ海の対岸のイオニアや、マグナ・グレキアに移住していき、その地で初期のギリシャ文化が形成された。前5世紀になってペルシア戦争のためにイオニア地方が衰微し、フェニキア系カルタゴとの小競り合いによってマグナ・グレキアに不安が広がり、ギリシャ人世界の中心がギリシャ本土に移るまでは、イオニアやマグナ・グレキアがギリシァ文化の先進地帯であったからである。
概説
ソクラテス以前の哲学者たちの思想は難解をもって知られまたその範囲についても議論の余地がつねに残る。これにはいくつかの理由が考えられる。
彼らの思想内容を直接知ることが困難である
彼らのほとんどが膨大な量のテキストを書いたと推測されるが直接伝わっているものは一つも無い。現在存在するテキストの全てはそれらの部分部分、また後世の哲学者、歴史家からに引用された断片である。したがってそれらのテキストの精確な文脈は推測によって補うほかない。
ピタゴラスのようにその発言が一切伝わっていない思想家すらいる。
彼らの伝記も細部は不詳であり、その関連を精確に跡付けることが難しい
彼らのまとまった伝記が同時代にあったわけではなく、現在利用可能な資料は後世の人の記述である。それらは断片的でまた時には相互に矛盾している。たとえば、タレスはしばしば最初の哲学者と呼ばれ、その弟子にアナクシマンドロスがいるとされるが、研究者のなかにはアナクシマンドロスがタレスに先行すると考える者もいる。
他の思想家の言説との関係や属していた文化や社会との関係が不明であるということはそれぞれの言述内容の解釈にあいまいさを残す要因となりえる。
表現の形式が難解である
プラトン以前のギリシャの思想家たちはみな散文によってでなく詩の形式を用いた。表現は短く凝縮されていてそこから多様な解釈が可能になる。また彼らの多くはそれまで問題にされたことのない事柄について語ったため、新しい概念の枠組みを自ら発明しなければならなかった。
既存の思想を準拠枠として彼らが使わない、使いえないことで、彼らが何を語っているかを読み解くにはしばしば大きな困難が生じる。
自然法論
 自然法論(英: natural law theory、独: Naturrechtslehre)は、広義においては、自然法に関する法学、政治学ないし倫理学上の諸学説の総称である。最広義においては、ギリシャ神話以来の、自然から何らかの規範を導き出そうとする考え方全般を意味するが、狭義においては、近世自然法論から法実証主義の台頭までの期間で論じられることが多い。
定義
自然法論とは、広義においては、自然法に関する法学、政治学ないし倫理学上の諸学説の総称である。最広義においては、ギリシャ神話以来の、自然から何らかの規範を導き出そうとする考え方全般を意味するが、狭義においては、近世自然法論から法実証主義の台頭までの期間で論じられることが多い。自然法論という用語が最広義で用いられるとき、すなわちそれが文明開闢以来の西欧学問の全時代をカバーするときには、論者の表現の中に自然法という言葉が直接的には使われていない場合がある。例えば、ミッタイスはホメロスやヘシオドスの神話の中に自然法の原形を見出すが、ホメロスやヘシオドスが自然法という言い回しを知っていたわけではない。
-古代ギリシャ
ヘラクレイトス
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最初期の自然法論に数え入れられるのは、古代ギリシャの宇宙論である。例えば、ヘラクレイトスの宇宙論によれば、人間は、天体が宇宙の法則によって運動しているように、宇宙の法則に従って生きるべきである。このような考え方の下では、物理的な法則と倫理的な法則とが、同一の概念に属している。「天体がある法則に従って運動している」という事実と、「人間はある法則に従って生きるべきだ」という規範との区別には、何ら注意が払われていない。
-プラトン
次第に、事実と規範とは異なるという意識が芽生え始める。そのような方向性は、まず、プラトンの中に見出される。プラトンは、自然本性から与えられる絶対的に正しいものと、具体的な時と場所において相対的に正しい人為的規則とを区別する。前者は理念(イデア)、後者は現実となり、理念は現実が目指す永遠の目標となる。つまり、自然法とは「〜である」という事実に関するものではなく、「〜すべし」という事実の目標であるということが自覚されるに至った。
プラトンがヘラクレイトスの宇宙論から離れている点が、もうひとつある。それは、自然法は現実の中に内在しないということである。プラトンの哲学においては、現実が目標とする理念は、イデアとして、この現実世界の中ではなく、イデア界という超越的な場所に存在すると想定された。それは、現実の中には観測されず、思考によってのみ到達可能な場所である。すなわち、プラトンが言う自然法とは、正しい思考の末に発見される法であって、現実の中において観測可能なものではない。
-アリストテレス
これに対して、アリストテレスは、理念を現実の中に引き戻す。理念は、現実の中に内在しており、個々の事物の中には、それぞれの事物の理想像が既に可能性として秘められている。このことは、プラトンとアリストテレスの国家論に重要な差異をもたらした。プラトンは、地上のどこにもない理想の国家を想定し、それを現実の国家の目標とした。これは、理念は現実世界の中に存在しないという彼の哲学からの必然的な帰結である。反対に、アリストテレスは、現実にある個々の国家制度を比較検討し、そこから国家の理想像を発見しようとする。彼にとって、国家の理想像は、現実の国家そのものの中に存在しているはずであった。
・新約聖書
『七十人訳聖書』においてはκόσμοςkosmos)という言葉以外にoikumeneという言葉も用いられていた。キリスト教神学においては、kosmosの語は、「この世」の意味でも、つまり「あの世」と対比させられる意味でも用いられていたという。
・プトレマイオス
 
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クラウディオス・プトレマイオス(2世紀ごろ)は『アルマゲスト』において、もっぱら天球における天体の数学的な分析、すなわち太陽、月、惑星などの天体の軌道の計算法を整理してみせた。そして後の『惑星仮説』において自然学的な描写を試み、同心天球的な世界像、すなわち地球が世界の中心にあるとし、その周りを太陽、月、惑星が回っていることを示そうとした。惑星の順は伝統に従い、地球(を中心として)、月、水星、金星、太陽、火星、木星、土星だとした。
・イスラーム世界
イブン=スィーナーはアリストテレスの論、プトレマイオスの論、ネオプラトニズムの混交した説を述べた。彼は、地球を中心とした9の天球が同心円的構造を成しているとし、一番外側に「諸天の天」、その内側に「獣帯天の天球」、土星天、木星天、火星天、太陽天、金星天、水星天、月天、そしてその内側に月下界(地球)がある、とした。「諸天の天」から月天までの9天は全て第五元素であるエーテルから構成されており不変であり、それに対して月下界は四元素の結合・分解によって生成消滅を繰り返しているとした。9天は地球を中心に円運動を行っている。そして、その動力因は各天球の魂である。魂の上に、各天球を司っている知性(ヌース)がある。一者(唯一神、アッラー)から第一知性が流出(放射)し、第一知性から第二知性と第一天球とその魂が流出(放射)する。その流出(放射)は次々に下位の知性でも繰り返されて、最後に月下界が出現したとする。
 

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