出典:フリー百科事典「ウィキペディア」より引用
ユークリッド空間 その2
・直観的な説明
ユークリッド平面を考える1つの方法は、(距離や角度といったような言葉で表される)ある種の関係を満足する点集合と看做すことである。例えば、平面上には2種類の基本操作が存在する。1つは平行移動で、これは平面上の各点が同じ方向へ同じ距離だけ動くという平面のずらし操作である。いま1つは平面上の決まった点に関する回転で、これは平面上の各点が決められた点のまわりに一貫して同じ角度だけ曲がるという操作である。ユークリッド幾何学の基本的教義の1つとして、2つの図形(つまり点集合の部分集合)が等価なもの(合同)であるとは、平行移動と回転および鏡映の有限個の組合せ(ユークリッドの運動群)で一方を他方に写すことができることをいう。
これらのことを数学的にきちんと述べるには、距離や角度、平行移動や回転といった概念をきちんと定義せねばならない。標準的な方法は、ユークリッド平面を内積を備えた二次元実ベクトル空間として定義することである。そうして
ユークリッド平面の点は、二次元の座標ベクトルに対応する。
平面上の平行移動は、ベクトルの加法に対応する。
回転を定義する角度や距離は、内積から導かれる。
といったようなことを考えるのである。こうやってユークリッド平面が記述されてしまえば、これらの概念を勝手な次元へ拡張することは実に簡単である。次元が上がっても大部分の語彙や公式は難しくなったりはしない(ただし、高次元の回転についてはやや注意が必要である。また高次元空間の可視化は、熟達した数学者でさえ難しい)。
最後に気を付けるべき点は、ユークリッド空間は技術的にはベクトル空間ではなくて、(ベクトル空間が作用する)アフィン空間と考えなければいけないことである。直観的には、この差異はユークリッド空間には原点の位置を標準的に決めることはできない(平行移動でどこへでも動かせるため)ことをいうものである。大抵の場合においては、この差異を無視してもそれほど問題を生じることはないであろう。
・厳密な定義
非負整数 n に対して n-次元ユークリッド空間 En とは、空でない集合S と n 次元実内積空間 V の組 (S, V) で、次をみたすものをいう:
各 P, Q∈ S に対して、V のベクトルPQが1つ定まっている。
任意の P, Q, R ∈ S に対して、。
任意の P∈ S と任意の v∈ V に対して、ただ1つの Q∈ S が存在して、
。
ある非負整数 n に対するn-次元ユークリッド空間であるものを単にユークリッド空間と呼ぶ。
数空間 Rn の各点x, y に対してと定義すれば、Rn と(標準内積を持った内積空間としての)Rn の組 (Rn, Rn) はユークリッド空間の1つの例であり、これを n-次元の標準的ユークリッド空間と呼ぶ(記号の濫用で、これをやはり単に Rn で表す)。
(S,V) を n-次元ユークリッド空間とするとき、S の点 O と V の順序付けられた基底 (e1, e2, ..., en) の組 (O; e1, e2, ..., en) を(S, V) の座標系と呼び、点 O を座標系の原点と呼ぶ。特に (e1, e2, ..., en) が V の正規直交基底であるような座標系を直交座標系と呼ぶ。(S, V) の座標系 (O; e1, e2, ..., en) が1つ固定されると、任意の P ∈ S に対して、ただ1つの x = (x1, x2, ..., xn) ∈ Rn が存在して、
が成り立つ。そこで、この x ∈ Rn を座標系 (O; e1, e2, ..., en) におけるP の座標と呼ぶ。
いったん直交座標系が固定されると、n-次元ユークリッド空間 (S, V) は n-次元の標準的ユークリッド空間 (Rn, Rn) と同一視することができるので、ユークリッド空間といったら標準的ユークリッド空間のことを指す場合も多い。
なお、n-次元ユークリッド空間の定義において、「実内積空間」を「実ベクトル空間」に置き換えて得られる空間を n-次元アフィン空間と呼ぶ。ユークリッド空間は計量(内積)をもった特別なアフィン空間であるということができる。計量をもたないアフィン空間においては、二点間の距離や線分のなす角などは定義されないが、ユークリッド空間においてはこれらの概念を定義することができる。(定義についてはここで省略する。必要に応じて専門書を参照して下さい。)